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日本テレビ系のBS・CS放送局と言えば、BS日テレ・日テレG+・日テレ…

同ネットワークは、1996年にフジテレビグループが “日本テレビの新しいデジタルテレビネットワーク、テレビパーフェクTV “としてスタートした。
少なくとも最初の数年間は、従来のテレビではあまり存在感がなかった。
それどころか、海外での知名度すらなかった。
しかし、2000年の夏には、新しいネットワークの開始を発表するための特別なプロモーションイベントが日本で開催された。
この年は、日本のケーブルテレビ事業者が一部の地域で衛星放送を開始した年でもあった。
このイベントは、特に日本で衛星テレビが一般に提供された最初の機会の一つであったので、日本では大騒ぎとなった。
しかし、衛星テレビ事業者が衛星テレビを一般に提供する(そしてビデオ・オン・デマンドも導入する)までには、約30年の時間がかかった。
最初の商用衛星テレビのセットトップボックスは1990年に導入されたが、それは日本でしか利用できなかった。
また、日本のケーブルテレビサービスはまだ非常に限られていました

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日本テレビ系のBS・CS放送局と言えば、BS日テレ・日テレG+・日テレプラス・日テレNEWS24などの名前が出てくるところだと思いますが、これらのテレビ局が誕生する以前、もう1つのテレビ局が存在していました。
それがスパイパーフェクTV!(現・スカパー!)の210chで、1996年10月から2000年9月まで無料で放送していた「CS★日テレ」です。
現在のBS日テレや日テレG+が独自番組や再放送で放送時間を埋めているのに対して、CS★日テレは日本テレビの番組を地上波と同時再送信していたのが凄いところです(ディレクTVでもテレビ神奈川・東京MXテレビが地上波と同時再送信を行っていましたが、こちらは独立U局が視聴者獲得を狙って行ったことであり、CS★日テレとは少し意味合いが違います)。
衛星放送による地上波の同時再送信は、権利関係や地方局の存在意義を揺るがすものとして、そう簡単に行えるものではなかったからです。


サブタイトル画面

CS★日テレの開局へと至る流れ

1996年当時は、バブル期を過ぎてテレビ局の利益も右肩上がりではなくなってきたため、東京キー局は地方の系列局を開局させることに慎重になっていました。
地方局1局あたり数十億円もの投資が必要で、尚且つ開局後も資金面で面倒を見なければいけないとなれば、慎重になるのも当然の結果です。
1990年代半ばまでに各キー局ともほぼ全国に系列局を開局させており、それまでに1県4局化(各県においてテレビ東京を除く4つのキー局の番組を見られるようにすること)を達成できなかった県というのは、地元資本が弱く経済的に苦しい県ばかりなのです。
そのため視聴者がいくら望んでも、新たな系列局はできない状況になっていました。
そこで1996年1月、日本テレビはパーフェクTV!(現・スカパー!)への参入を決定しました。
パーフェクTV!で地上波の同時再送信を行えば、年間3億円程度の費用で済む上に、全国どこでも日本テレビの番組を見られるようになるので、まさに一石二鳥というわけです。
主に日本テレビ系列局がない地域(沖縄県やクロスネット局しかない宮崎県など)向けの放送ではありましたが、パーフェクTV!の放送開始半年後に郵政省が都道府県別の加入状況を調べたところ、加入率(加入者数/世帯数)で宮崎県がトップになるなど、パーフェクTV!の初期においてCS★日テレが重要な役割を果たしたことは間違いなさそうです。

地元に系列局があってもCS★日テレは重宝した

地上波で日本テレビ系を見られる地域の人でも、地元で遅れて放送している番組を日本テレビと同時に見ることができたり、関東地区の天気予報など東京のローカル情報を見られたこともあり、ファンも多かったようです。
例えば土曜日と日曜日の昼の番組『メレンゲの気持ち』『怖い日曜日』『ピカイチ』や日曜日夕方の『ロンブー龍』は、地域によっては放送していなかったりしますし、日曜日夜の『進ぬ!電波少年』と『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』は、ローカル番組の関係で日本テレビと同時放送ではない局が結構ありました。

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