「……あの、この薬じゃ戻らないん、です、よね?

「……あの、この薬じゃ戻らないん、です、よね?」
 処方箋を受け取りながらの、いつもの問答。
 俺の無駄な言葉に、女医も笑う。
「無理ですね。進行は止められても、根本的な治療には至りませんし」
 研究医も不足してるんですよね〜などと呟きながら、紙切れをよこす。くるりと振り向き、浮かべた微笑も楽しげだ。
「じゃあ、服用は忘れずに。飲まなきゃ、止まるものも止まりませんから」
 ゆったり脚を組んでご忠告。そのヒールは、しかし、目前にいる男に、先端を突きつけた。
 身の丈100cmにも満たない小男が、恨めしげにそれを見上げる。そしてずっしり重そうな太ももが目に入り、慌てて顔を背けた。
「また来週いらしてください。お大事に」
 クスリと笑いながら、席立つ俺に一言よこす。エサくらいはやろうとでも言わんばかりだ。

 高額医療にかかれば、少しは変わるかと思っていた。地位を得た。金を稼いだ。金を積んだ。そんなこと、彼女らには関係ない。必死な金ヅルが一人、増えただけだったのだ。
 受付、そびえる女性の間に座り俯いた。目の端にちらつく、どでかい太もも。対して、俺は子供の脚のようだ。形こそ成人男性の脚、だが、圧倒的に太さが足りない。挙句、となりに幼児が座り見下ろされた時、いよいよたまらず俺は立ち上がった。

“お腹すいたなぁ “と呟きながら、あらかじめ用意しておいたお弁当を食べた。
チョコレートケーキの箱とサラダのボウルを取り出した。お腹が空いて仕方がなかったし、お金もなかったので、あるもので我慢するしかなかった。
病院を出たら、あとは市の役所に行って治療費の残金を集めるだけだ。
飢え死にするのではないかと思うほど腹が減っていた。
もちろん、誰かに気づかれる前に行かなければならない。任せた私が馬鹿だったとしか言いようがない。
ベンチに座っている間、私はあの男のことを考えていた。
枕元にいたのは医者だった。病気を早く発見したのも彼だった。もし、彼が病院に行かずに家に帰っていたら、私は病気にならなかったかもしれない。
しかし、そうではありませんでした。
どこにも病気が見当たらないのだ。私の体の中には、私の体だけがあったのです。
それが何なのかは分からなかったが、喉が渇いていることだけは分かった。
なぜそんなことを感じたのかはわからなかった。

この作品の出来はいかがでしたでしょうか。ご判定を投票いただくと幸いです。
 
- 投票結果 -
よい
わるい
お気軽にコメント残して頂ければ、うれしいです。