「最終問題です」クイズ研究部に使用している教室。

「最終問題です」

 クイズ研究部に使用している教室。

 等間隔にあけて並べた机を前に三人の男子部員が、部内で行う最後のクイズ大会で競い合っていた。

 正解数は三者ともに同数。

 勝者が決まる一問が、読み上げられる。

「問題、初代内閣総理大臣は伊藤博文ですが」

 スマホ片手に進行役が問題文を読み上げる途中、ピコーンと音がなる。赤ランプが点灯したのは、部長の手元にある早押しランプだった。

「菅義偉」

 進行役をまっすぐ見つめながら、真顔で答える。

「残念。不正解です」

 ブブブブブーと鳴る音に合わせて、部長は唇をブルブルと震わせた。

 つづいて副部長が早押しボタンを押す。

「黒田清隆」

 どうだ、と言わんばかりの自信に満ちた表情。

「残念。不正解です」

 ブブブブーと鳴り響く音に、思わず副部長はのけぞる。

 解答権は、一人残った書紀だけ。早押しボタンから手を離し、余裕を持って腕組みをする。

「問題をつづけます。日本の初代内閣総理大臣は伊藤博文ですが、現在の内閣総理大臣である菅義偉は何代目でしょうか」

 腕組みを解くと書紀は、右手の人差し指でゆっくりと早押しボタンを押した。

「九十九代」

「お見事。正解です」

 正解音のピコピコピコーンと高らかに鳴り響く。

 憮然としながらも、部長と副部長は勝者に拍手を送った。

「部長と副部長を退けての優勝、おめでとうございます。書紀はこの問題、ご存知でしたか」

 書紀は笑みを浮かべつつ首をひねる。

「いや~、これは非常に難問でしたね。初代内閣総理大臣と聞いて思わず、イギリスなのかフランスなのかと考えてしまい、伊藤博文の名前が出たときに『あ~、日本の内閣総理大臣か』とようやく気が付けました」

 進行役は、問題文書かれた手元のスマホ画面に目を落とす。

「そのあと『ですが』と続いたので、これはですが問題だと思ったときには部長が先にボタンを押しまして……まさかの不正解。つづいて副部長に先を越されましたが、こちらも不正解。おかげで余裕を持って問題文を聞くことができました」

 書紀が話しているところ、部長が横から口を出す。

「ですが問題だと思ったとき、つぎに何を聞いてくるのかはだいたい予想が付きます。二代目なのか、十一代目か、あるいは現在の総理大臣なのかなどなど。いくつかある可能性を絞り込むためにも、次の一字を聞いてから押すべきでした。ですけれども、最終問題でこのメンツ、負けられないと思ったために指が動いてしまいました」

 なるほど、と進行役が相槌を打つ。

 書紀が話しだそうと口を開けたとき、今度は副部長が喋りだす。

「部長の不正解を聞いて、選択肢が狭まったのですけれど、まだまだ絞り込めてない状態。もう少し聞いてから押そうとおもっていたんですけど、優勝がかかった問題だったので焦って押しにいっちゃいましたね。初代のつぎは二代目、と安直に答えてしまったのもいただけませんね。やはりもう一文字、せめて半文字は聞くべきでした」

 そうでしたか、と進行役が首を縦に動かす。

 ようやく話せると思って口を開ける書紀だったが、なにを言おうとしていたのか忘れてしまっていた。

「えー、なにを話してましたっけ?」

 進行役に尋ねると、

「お二人が先にボタンを押して不正解だったおかげで、余裕を持って問題文を聞けた、というところまで話してました」

 口元に手を当てつつ思い出し、書紀に伝えた。

「あー、そうでした。最後まで聞けば、菅総理が何代目かを答える問題だとわかりました。これは就任時、最後の二桁総理だと思った記憶があったので、すんなり答えることができましたね。それにしても、二十一世紀になってから、何回代わったことやら」

 書紀は思わず部長と副部長、二人に目を向ける。

 えーっとね、と副部長は指折り数えだす。

 先に部長が「九回」と答えた。

「へえ、二十一世紀にはいって九回も交代してるんだ。もっと交代してる印象があるけど、交代のたびに国内外から批判や揶揄が飛んで来てるのか」

 書紀が息を吐けば、「たしかに、コロコロ代わっている印象はあるかな」と副部長がつぶやく。

「いや、第四次共和政下のフランスに比べたら大したことない」

 突然、部長から出題される。

「というわけで問題。第四次共和政法に反対したシャルル・ド・ゴールが臨時政府の首班を退いた一九四六年から、再び彼が登場して第五次共和政に移行する一九五八年までの十二年間、何回首相が交代したでしょうか」

 問題文を聞き終えて、早押しボタンを先に押したのは副部長。

「少なくとも一年に一回として、十二回」

「残念。不正解です」

 進行役が部長の代わりに、不正解音のボタンを押し鳴らす。

 ブブブーと鳴り響く中、首を傾げつつ書紀が早押しボタンを押した。

「十五回かな」

「はい、残念。不正解です」

 進行役が、ブブブーと音を鳴らす。

「正解は、二十三回でした」

「そんなにかっ」

 書紀は思わず声を上げ、副部長は鼻で笑ってしまう。

「日本は二十年の間に九回ですからね。マスコミをはじめとした人達が、日本の首相は代わりすぎだという人がいますが、フランスにくらべたらコロコロ代わっているわけではありません。『愚者は経験から学び、賢者は歴史に学ぶ』とはよくいったものです」

 知らなかった、と進行役は小さく拍手を送った。

「ちなみにこの格言はドイツ初代宰相、オットー・フォン・ビスマルクが語った言葉とされてます。賢者は他人の経験からも学ぶことができるといったところですね。自分の経験からも学べない輩は、掃いて捨てるほどいると思いますが」

 部長からのうんちく語りが終わったところで、進行役からクイズ大会の結果発表が告げられる。

「優勝は、書紀でした。おめでとうございます」

 みんなから拍手されるなか、「いや、どうも」と照れながら頭をかく書紀。

 そんな中、「ちょっと待ったー」と右手を上げながら声を張り上げる人がいた。

 部長である。

「華麗なる薀蓄語りによる加点によって、俺の大逆転は?」

「ありません」

 進行役は即答した。

「問題も出題して、二人とも答えられなかったから減点だろ?」

「減点もありません」

「マジかっ、どうして?」

 進行役は、努めて冷静に部長に答えた。

「これまで何度も何度もご説明してきましたとおり、部内のクイズ大会に置いて、薀蓄すれば加点されるルールではないからです。かのドイツ初代宰相、オットー・フォン・ビスマルクは言いました。『愚者は経験から学び、賢者は歴史に学ぶ』と。自分の経験からも学べない輩は掃いて捨てるほどいるものですね」

「……沈黙は、強力な最終兵器。か」

 部長がド・ゴールの名言をつぶやいて押し黙るなか、部員から惜しみない拍手が勝者の書紀へ送られた。

……きゃー!?”

 

 

 

 副店長がボタンを押すと

“Me.

 

 

 

 顔にヘアジェルを塗ったままの彼は、明るい笑顔で答えた。

“いいえ、私は総理大臣でした。”

 

“冗談でしょ!?冗談じゃない。これは… これは冗談だよ。これを冗談だと思う人がいるのか?マジでヤバいぞ!」と思った。

 

秘書が止めようとしたが、彼は首を振った。

“冗談じゃないよ。この質問をされたのは私だから、冗談ではないのです。この質問がジョークである理由は私だけです。私だからこそ、クイズになったのだし、このクラブに呼ばれたのだし、期末試験にエントリーしたのだし、一問間違えて答えることになったのだし、全然心配していないのだ。心配していなければ、気にならない。心配していなければ、考えることもない!”

“いいえ…”

 

 

 

 秘書は彼を落ち着かせようとした。

“大したことではありません。誰の人生も台無しにしていない。誰かの学校やキャリアを台無しにしたわけでもない。誰にでも起こりうる問題であり、あなたにはなかったのです。

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