「……待った?

「……待った?」
「待ったよ」
「ごめん」
「待ったんだよ」
「……ごめん」
「…………待ったんだってば」  引っ掻き回した末、なにも分からなくなってしまっている自分がいた。汗がだらだらと伝う感覚。深爪の間にジーンズの繊維が絡まる音。濡れて溶け出した泥と草木のみずみずしい臭い。湿ってもなお切り口の荒い折木が頰を掠め、薄く血が流れた。それら事象をただ文句も言えずに受容する器官となり果てた自分がいた、ように錯覚する。
「まきこ、」
 闇雲に草木を掻き分け呼ぶ。先導する彼女は答えない。
「巻子!」
 そこでようやく気づいたのか、ピピミは立ち止まる。ブリーチの名残で毛羽立つ影が少し揺れた。
「なに」
「早いんだって!」
「あー」
 空気の抜けるような返事のあと、べちゃべちゃとぬかるみを進んでいく音がする。薄い雲は流れ、木々の隙間を縫った月明かりが辺りを生白く照らす。巻子は半分土に埋まった岩の先に立っていた。
「どう?」
 どう?
 なにが?
 苔むした色のマーチンから生えた白い足に傷跡はなく、なにか見せつけられてるような気分だった。マーチン、ショーパン、ロンT、赤髪ウルフ、シャベル。およそ夜の登山に適さない軽装。
「早く来たら」
 どうしたの。
 あまり唇を動かさずに巻子は問いかけた。

“彼女は正確な時間に起きる癖がある。
彼女は一晩中起きている。いつ寝たのかわからない」。
森の少年は正しかった。
森の少女は早かった。
そう思っていましたが、あの黒い人影を見た後では、間違っていなかったように思えてきました。
私は正しかったのだ。
“目が覚めたか!”
弓を手にした少女、ピピミが、矢の先で私の肩を突いた。
“目が覚めた!?聞こえたよね!” と聞いたが、彼女は首を振った。
“私には眠気も感じられない。
マキコ!” 私は叫びました。ピピ美はすぐに木から飛び降りて、私に抱きつきました。私は、首に不思議な感覚を覚えました。いつもよりも首が凝っているような気がしました。
“マキコ!”
誰かが私の肩に手を置いたのを感じました。
私は振り向いた。
私の顔は赤くなっていた

Photo by wuestenigel

この作品の出来はいかがでしたでしょうか。ご判定を投票いただくと幸いです。
 
- 投票結果 -
よい
わるい
お気軽にコメント残して頂ければ、うれしいです。