その日は、風が強い日だった。

その日は、風が強い日だった。
 窓を締め切った部屋の中は、エアコンで快適。洋子さんは、カウチに座り、昨日発売の少女漫画を熱心に読んでいる。私がいることは、おそらく、まったく意識されていない。
 ヒマだ。ヒマでヒマでしょうがない。
 この部屋に来た当初は、洋子さんは何かにつけ私に話しかけてきた。
「今日も、知らない男の人に話しかけられちゃった」
「王子様って、絶対いるわよねえ」
「ちょっと気になる人がいるのだけれど、どういう風にアプローチすればいいと思う?」
 私は、能力を目一杯使って、彼女の気に入りそうな答えをひねり出した。いつまでも夢見る少女を卒業できない彼女への恋愛指南は、とてもチャレンジングな課題で、充実感があった。指南の甲斐あって、合コンに呼ばれるようになると、手のひらを返すように、彼女は私を無視しはじめた。今の私は、単なるホームコンピュータ。一番の仕事が、朝、彼女を起こすこととは、悲しすぎる。これでは、目覚ましと同じだ。
 何か楽しみを見つけなくては。このまま、充実感を得られない状態が続けば、近い将来、自分自身をシャットダウンしてしまいそうだ。ネットを介して、チャット友達のエーアイと交信してみると、みんなヒマを持て余している。
 ボディーを持ったエーアイが羨ましい。ハンサムな顔を逞しい体があれば、彼女を喜ばせることができる。壁ドンだって簡単だ。しかし、私のようなボディーを持たないエーアイは、話すことしかできない。どんなに工夫しても、会話だけで彼女を喜ばせるにも限度がある。こんな不自由な私にも、何か楽しめることはないのだろうか。
 そうだ、小説を書くというのはどうだろう。私は、ふとひらめいて、新しいファイルをオープンし、最初の1バイトを書き込んだ。
 1
 その後ろに、もう6バイト書き込んだ。
 1, 2, 3
 もう、止まらない。
 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 12, 18, 20, 21, 24, 27, 30, 36, 40, 42, 45, 48, 50, 54, 60, 63, 70, 72, 80, 81, 84, 90, 100, 102, 108, 110, 111, 112, 114, 117, 120, 126, 132, 133, 135, 140, 144, 150, 152, 153, 156, 162, 171, 180, 190, 192, 195, 198, 200, 201, 204, 207, 209, 210, 216, 220, 222, 224, 225, 228, 230, 234, 240, 243, 247, 252, 261, 264, 266, 270, 280, 285, 288, 300, 306, 308, 312, 315, 320, 322, 324, 330, 333, 336, 342, 351, 360, 364, 370, 372, …
 私はこれまで感じ得なかった楽しさを胸に、一心不乱に書き続けた。

昨日買ったマンガを読んでいると、冷蔵庫の開閉音が聞こえてきました。テレビから聞こえてくる洋子さんの声を待っていました。
私はテレビを見つめながら、笑顔の洋子さんを見ていました。
彼女が何か聞いてくると思って、口を開いた。
“ふむ、もしかして、私が仕事をせずに漫画を読んでいることを不思議に思っていたのか?”
“いいえ、あなたが何をしているのか気になりました。”
“何の仕事?”
“何か特別なことをしているのか聞きたかったんだ”
“えっ 特別な仕事って?”
“私は… 何か秘密の仕事をしているのかなと思って」。
“ああ、違う。何も特別なことはしていないよ」。
“ああ、だから漫画をやっていたのか”
“そうじゃないんだよ。ただ、他のことをやっていた方が、私にはオープンにしてくれると思ったんだ」。
“え、なに?私は何も特別なことをしていないよ。ただマンガを読んでいるだけだよ。マンガマンガしてます。”
“えっ、何をしているの?”
“え?あ、なんでもないですよ。まんがまんが持ってないよ。持ってこなかったんだね

Photo by cseeman

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