彼はいつも休みの日は決まって図書館へ行き、分厚い資料の様なものと…

彼はいつも休みの日は決まって図書館へ行き、分厚い資料の様なものと睨めっこしながら原稿用紙に必死に文章を書いていた。何を書いていたのか、私は見せてもらえることはなかったが小説を書いていたのだと思う。本棚には私が気まぐれで買った漫画がすみの方にちょこんと置かれているのみで、後は彼の小説やら自伝やら資料やら図鑑やらがびっしりと並べており、でもやっぱり小説が多かった。ジャンルごと、作者名順に並べてあった。そういう几帳面な所が私は好きだった。
 一人で寝るベッドで、いつもと違う天井の木目を数え寝れないのに足だけが痛く寂しさとかどうでも良くなりかけた。
 家に帰ると本を読んでいるか、3階の翌日の当たるボロアパートの窓際からぼーっと外を眺めているかしていた。
 彼は所謂普通の青年だった。年は二十歳かそこらだった、私よりは年上だった気がするから二十歳よりは上だと思う。年齢難的にする間柄ではなかったし、彼に対してはいつもタメ口で旧友に話しかけるように接していたから。
 そういえば、家を決める時絶対に3階以上がいいと言って聞かなかったな。お金がなかった私たちはエレベーターの付いているマンションなんかに住めるはずがなく、大変だよと言ったのにこれだけは絶対に譲らなかった。

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… そして、疲れた…。
全然落ち着いていられなかった。
困っているのに、どうしたらいいのかわからなかった。
唯一思いついたのは、次の日を大切にして、図書館に行くことでしたが、図書館に行った記憶はありませんでした。
私はあの世に行くために旅をしていたのだ。
目覚めるのに時間がかかりました。
まず最初にしなければならないことは、母を呼ぶことだった。
まだ眠かったが、母を呼んだほうが気分がよかった。
悩み事を考えているうちに眠ってしまったのだろう。
母の声で目が覚めたが、少し遅かったようだ。
私はまだ眠かった。
それでも、また寝てしまったのか、夜中に目が覚めた。
私は見知らぬ場所にいるような気がした。
私は東京の街のいつもの風景に囲まれていました。
毎日、私たちは学校に行きました。
そして、放課後には市場に行きました。
それが私の知っている唯一のことでした

Photo by Asamblea Nacional del Ecuador

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