マチルドと初めて会ったのは1985年のパリであった。

マチルドと初めて会ったのは1985年のパリであった。彼女は自閉症を患いつつも、図書館司書として生活の糧を得ていた。すでに両親は他界しており、親しい友人もなく、天涯孤独の身の上であった。彼女のタスクはいかにしてすべての行為を日常化していくか、その一点にあった。あれは5月の薫風が吹くリヨン駅。コルシカ旅行を終えてマルセイユ経由でパリに入った僕との運命的な出会いであった。

初めてマチルドに会ったのは、そよ風が吹いていた5月のリヨン駅だった。さわやかな風が吹く5月のリヨン駅。コルシカ島への旅を終え、マルセイユ経由でパリに入った私との運命的な出会いだった。ジャンヌ・ゴーティエは私の隣のテーブルに座っていた。彼女は私を見て言った: 「なんてこと、私には自閉症の子供がいるの!」。 マチルドは非常に優しくて穏やかな子供だったが、それを表に出す機会はなかった。彼女はまた、多くの自閉症児と同じように、後ろでささやく人の声に敏感だった。マチルデは耳が聞こえない可能性があると話したのを覚えている。だから、彼女の邪魔にならないように、私が話しているのを後ろで聞いているのではないかと考えた。会話が進むにつれ、彼女の目は大きく見開かれた。 ジャンヌによると、マチルドは部屋の反対側にある娘の部屋にいて、母親がミルクをあげようとしているのにうまくいかないと聞いたのだという。マチルドは服を脱ぎ、ベッドの下に隠れた。 「どうしよう……」彼女はジャンヌにささやいた。「自殺するわ」 マチルドが母の手を取ろうとして見つからなかったことが、後になってわかった。 マチルドは2017年6月26日に亡くなった。29歳の誕生日だった。彼女はフランスで初めて自閉症と診断された人でもあった。 ジャンヌ・ゴーティエ ジャンヌはフランスで初めて自閉症と診断された。

Photo by ACRM-Rehabilitation

この作品の出来はいかがでしたでしょうか。ご判定を投票いただくと幸いです。
 
- 投票結果 -
よい
わるい
お気軽にコメント残して頂ければ、うれしいです。