マチルドと初めて会ったのは1985年のパリであった。

マチルドと初めて会ったのは1985年のパリであった。彼女は自閉症を患いつつも、図書館司書として生活の糧を得ていた。すでに両親は他界しており、親しい友人もなく、天涯孤独の身の上であった。彼女のタスクはいかにしてすべての行為を日常化していくか、その一点にあった。あれは5月の薫風が吹くリヨン駅。コルシカ旅行を終えてマルセイユ経由でパリに入った僕との運命的な出会いであった。

マチルドは常に世界に興味を持っており、若い頃は毎日のようにルーブル美術館に通い、偉大な巨匠たちの絵画を見ていた。彼女は本で読んだルネサンスに魅了されていた。 1985年のある日、私はマチルドを訪ねるためにルーブル美術館に到着した。ルーブル美術館には、マチルドと彼女の作品をよく知る若い女性と一緒に行った。 私が到着したとき、マチルドは部屋にいた。窓際に座り、街を見つめていた。黒いコートを着て、古いスカートをはいていた。私は彼女のそばに座り、世界について質問し始めた。彼女は、世界に興味があるのは、世界を自分の都合のいいようにするチャンスだと考えているからだと言った。彼女は世界が自分自身をより良くしてくれることを望んでいた。だから彼女は世界を見てみたかった。 彼女はルネサンスとレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの思想に魅了され、哲学を学んだ。彼女はフランス語を少し話すが、最も重要な言語は母国語であるフランス語だった。彼女はフランス革命と、当時フランス大統領だったシャルル・ド・ゴールの思想に興味を持っていた。 私はマチルドに、障害を理由に差別された経験があるかどうか尋ねた。彼女は「ない」と答えたが、フランス語を学ぶ機会が少なかったので、フランス語の経験はほとんどなかったという。

Photo by Josh Rokman – AI Images

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