マチルドと初めて会ったのは1985年のパリであった。

マチルドと初めて会ったのは1985年のパリであった。彼女は自閉症を患いつつも、図書館司書として生活の糧を得ていた。すでに両親は他界しており、親しい友人もなく、天涯孤独の身の上であった。彼女のタスクはいかにしてすべての行為を日常化していくか、その一点にあった。あれは5月の薫風が吹くリヨン駅。コルシカ旅行を終えてマルセイユ経由でパリに入った僕との運命的な出会いであった。

私はフランスに数ヶ月滞在していたが、マチルドと連絡を取らないわけにはいかなかった。私は彼女と多くの時間を過ごし、彼女の作品を読み、彼女について話した。静かな自信とほとんど素朴な喜びをもって、自分の人生について語る彼女の姿に心を打たれた。また、彼女が自分自身について語る姿にも心を打たれた。彼女を知っている、彼女を理解していると感じさせるような方法で、彼女はありのまま以上の存在になることができた。彼女は部外者ではなく、私と同じ友人だったのだ。 マチルドは1948年パリ生まれ。フランス人の父とドイツ人の母の間に生まれた。彼女は自閉症児となり、孤児院と病院で暮らした。彼女は母親と非常に親密な関係にあり、父親とも非常に親密な関係にあった。数カ国語を話し、ピアノを弾くのが好きだった。本が大好きで、朝は学校に通っていた。マチルドは人と一緒にいることが大好きだった。とても愛情深く、微笑んだり、手を振ったり、笑ったりする姿がよく見られた。 マチルドはとても辛い子供時代を過ごした。両親から虐待を受け、父親の父親は気性が荒かった。父親との関係も難しかった。マチルドの母親はいつも不在で、父親はとてもよそよそしかった。マチルドは7歳以降、父親とほとんど接触しなかった。父に会うことも、話すことも禁じられていた

Photo by ‘S’

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