「思い悩んでないで、行ってきたらいいよ」1980年夏の京都。アルバイト先の旅館・祇園「新門荘」の屋上に敷設されたプレハブの従業員宿舎。二段ベッドの下からゲンさんがそう声をかけてきた。僕が見ていたアジビラには「7・××円山野音 三里塚空港廃港 全京都集会」という大きな文字が謄写版で印刷されていた。ベッドの下段でうまそうに「新生」タバコを吸うゲンさんは、元立命館大学の全学共闘会議(全共闘)の活動家だった。大学除籍後どこで何をしてきたのかは分からなかったが、金がなくなるとこの「新門荘」の洗い場に現れた。
」 「 「 」 「 」 「 」 「 」 「 」 「 」円山 “ラリーの参加者の一人である日本人学生が、私を脇に連れ、小声で外国人に会ったかと尋ねた。私は彼を見て答えた。「いいえ」。彼は笑い出し、さらに笑った。 円山」集会の会場にいた私の友人によると、源さんは学生運動に関わっていたために大学を退学になったという。彼は逮捕され、「大学の名誉を傷つけた 」という罪で起訴されたのだ。 私が『円山』集会のチラシを受け取ってから、彼は『新生』のタバコをおいしそうに吸い始めていた。円山」集会の参加者が通りかかると、彼は承認のサインをした。 彼は日本で一人暮らしをしたいと私に言った。彼は日本に1年住んでいて、横浜のホテルに滞在していた。 円山大会の最中から大阪から横浜に移動していたという。電車で横浜に行き、そこから陸路で内山という村に向かったという。横浜の駅に泊まっていた。彼は自分の車を持っていたので、その車で内山まで行きたかったのだ。 新門荘に戻る途中、源さんは私にこう言った。