「思い悩んでないで、行ってきたらいいよ」1980年夏の京都。

「思い悩んでないで、行ってきたらいいよ」1980年夏の京都。アルバイト先の旅館・祇園「新門荘」の屋上に敷設されたプレハブの従業員宿舎。二段ベッドの下からゲンさんがそう声をかけてきた。僕が見ていたアジビラには「7・××円山野音 三里塚空港廃港 全京都集会」という大きな文字が謄写版で印刷されていた。ベッドの下段でうまそうに「新生」タバコを吸うゲンさんは、元立命館大学の全学共闘会議(全共闘)の活動家だった。大学除籍後どこで何をしてきたのかは分からなかったが、金がなくなるとこの「新門荘」の洗い場に現れた。

「何だと?見たんですか?」 「はい、源さんは空港に仕事に行きました。「なんですって?」 「彼はそこに行っていた」 「えっ!?」 彼は立命館を出て空港に住み、そこで何か活動をするつもりだと言っていた。抗議活動をすると言っていたが、それが何なのかは聞いていない。 「どういう意味ですか? 「彼はプロジェクトを阻止するためのグループを立ち上げるつもりだと言ったが、どうやるのかは説明しなかった。「本当にプロジェクトを止めるつもりなのか? 「彼は、空港の事務所に人々を集めて行き、そこでプロジェクトを止めるつもりだと言った。「グループに参加するということですか? 「そうだ。 「知っているからだ 「いや、知らないだろう 彼は詳しく説明しなかったが、次に読んだ内容がとても興味深かった。 「何だって?彼は空港公団の政務官の知り合いがいて、空港公団の事務所に行ってプロジェクトを止めたと言った。「それなら、そのグループに参加すればいいのでは?」 「あるグループの代表である政務官を知っている “と彼は言った。「そのグループに入れるのか? 「はい。”私も一緒に行きます」 「主義主張の問題だ。止めることはできない」 私は驚いた。 「原則の問題だ。止めることはできない」 彼が言ったグループは日本労働組合総連合会(JFTU)だった。立命館大学周辺で活動していた。

Photo by Joi

この作品の出来はいかがでしたでしょうか。ご判定を投票いただくと幸いです。
 
- 投票結果 -
よい
わるい
お気軽にコメント残して頂ければ、うれしいです。