「思い悩んでないで、行ってきたらいいよ」1980年夏の京都。

「思い悩んでないで、行ってきたらいいよ」1980年夏の京都。アルバイト先の旅館・祇園「新門荘」の屋上に敷設されたプレハブの従業員宿舎。二段ベッドの下からゲンさんがそう声をかけてきた。僕が見ていたアジビラには「7・××円山野音 三里塚空港廃港 全京都集会」という大きな文字が謄写版で印刷されていた。ベッドの下段でうまそうに「新生」タバコを吸うゲンさんは、元立命館大学の全学共闘会議(全共闘)の活動家だった。大学除籍後どこで何をしてきたのかは分からなかったが、金がなくなるとこの「新門荘」の洗い場に現れた。

源さんは中岡会という過激な学生団体のメンバーだった。彼は60年代後半に逮捕されたことがある(仮眠中に逮捕された)。中岡会の会長だった妻は、幼い頃に交通事故で亡くなっていた。逮捕後、源さんは重度の肝臓潰瘍で1年半入院していた(奥さんも交通事故の被害者だった)。前科も多かった。大学時代、彼は学生団体「新入生グループ」のメンバーだった。彼は夜中に私たちの寮に来て、ビラを書くコツを教えてくれた。 彼は自分の寮がどこにあるかも知らなかった。ただ住所を教えてくれただけだった。シングルベッドと小さな冷蔵庫だけで、他には何もない彼の寮に1年半ほど滞在した。初めて彼の話を聞いたのは真夜中だった。彼は反戦運動、公民権運動、学生運動での経験について語っていた。彼は運動の中で親しくなった人々、たとえば 「殺された祇園の娘 」について話していた。私は彼が戦前に友人だったある人物のことを話しているのを聞いた。同じクラスだったのだが、戦時中、彼女の苦しむ姿を見ていられなくなり、戦後日本を離れたのだという。戦後、彼は日本を離れた。

Photo by Ars Electronica

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