「わたくしはあなたが至尊の位につくのをただ見てみたいだけなのよ。お願い、奕信。母のために皇位を目指してちょうだい」 幼い頃、母はよく自分のもみじのような手を握りしめ、懇願するように言ったものだ。その白い顔はどこまでも真剣で、自分の産んだ皇子が、目指せさえすれば皇位につくことができると本気で信じていた。 愚かな母だと思う。妃嬪ですらない八十一御妻であった母が、名門の令嬢、もしくは皇帝の寵妃を退けて国母になれると本気で思っていたのか。 母は無知で、哀れな女だった。奕信はそんな母を不憫に思いはしても、母のために皇位を目指そうだなんて思わない。父である皇帝が自分の存在を覚えているかさえも怪しいのに。 だから、丁皇后の右腕として権勢を誇る尹貴妃が自分に声をかけてきた時は驚いた。同時に訝った。この女は何を企んでいるのか、と。はたして、その疑りは正しかったといえる。 奕信と向かい合うようにして座る美しい女は、涼しげな目元を伏せて白磁の蓋碗に入った桂花茶に口をつけていた。奕信と目が合うと、にっこりとほほえんでみせる。傍らにはうやうやしく女主を絹団扇であおぐ宦官がひとり。口元を固く引き結んで愛想笑いさえしていないものの、はっと息を呑むような美しい顔をしていた。 美男を侍らせ、優雅にほほえんでいるこの女は、建国以来続く名門尹家の令嬢であり、四年前に貴妃に冊封された寵妃だ。後宮の女主として君臨する皇后の右腕とも評される才女で、母のように美しいだけの女ではない。
皇室の晩餐会で母の隣にいたのは、他ならぬイーシンだった。そう、イーシンだ。いずれにせよ、この件について彼女に尋ねるのは当分先送りにせざるを得なかった。今は戦況に集中することだ。敵は2000人以上の兵力で攻めてきた。これは、帝国軍が全陣営で直面した最強の部隊だった。彼らは間違いなく帝国の軍隊と呼ばれるにふさわしいものだった。しかし、この軍勢に立ち向かうため、帝国軍の将軍たちは歩兵を前線に配置することにした。騎兵隊は後方に配置されることになった。つまり、両軍は互角に戦うことになる。両軍はこの作戦で初めて激突することになる。しかし、敵の兵力は思ったほど弱くはなかった。というのも、帝国軍が大火魔との戦いの最中、大火魔が帝国軍の防御を突破する機会を狙っていたからだ。帝国軍は戦闘から退却するとき、このことに気づかなかった。帝国軍にとっては、自分たちが危険な目に遭うことなどまったくなかったかのようだった。帝国軍はただ傍観し、敵の突破を見守ることしかできなかった。私とイーシンは部屋の反対側に座り、主戦が始まるのを待っていた