私はこんな詩を書いた。

私はこんな詩を書いた。

この投稿のきっかけとなった詩は私のものではない。ドリーという女性の詩だ。彼女はニューヨーク出身で、アーティストだ。彼女の詩集はこちらで見ることができる。 ドリーがこの詩の中で男性に宛てて書いているのがとても好きなんだけど、彼女の文章の意味を理解するために、この詩を読むと本当に面白い方法があることがわかった。とても興味深いのは、この詩の言葉が、女性であることについて言っているように思えることです。 ここ数ヶ月、私が特に夢中になっていることのひとつは、クィアな人々が、私たちがクィアネスについて語る方法を、支配と服従の言葉としてどのように構築しているかということです。これは私にとってずっと続いていることです。この詩について考えるとき、私は「男性」という言葉の使われ方について考えます。私たちは 「男性 」という言葉を、しばしば極めて二元的な意味で使っています。女性であることについて考えるとき、私は、ある種の男性、特にある種の男性が「男性」という言葉を使うときに、どのように交渉しなければならなかったかについて考えます。また、「男」という言葉を抑圧の範疇とする様々な言語的構造が構築されてきたことについても考えます。 そのような言語の構築について、他の方法でどのように語ることができるでしょうか?私は、言語がどのように使われるのか、そしてどのように理解され使われるのかについて考えてきました

Photo by United Nations Office on Drugs and Crime

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