小学生の時に父が働いている会社のパンフレットを見たことがあり、建設途中の骨組み状態の橋やトンネルを掘る様子が載っていました。重機なども載っており、特にトンネル掘削機はとても複雑な機械に見えて、一体どんな動きをしてトンネルをほっていくのだろうかと想像またきませんでした。これが最初に建設に関することで興味を持った出来事だったと思います。高校を卒業し車の運転をするようになり、通勤する時に大掛かりな工事の様子を見ることがありました。月日が経つと少しづつ山が削られたり、道ができたり、小さい橋ができて遠くの方を見てみるとトンネルができているのがみえたりと進化していくのを密かにワクワクしながらみていました。私の家の近くに十字路があり、直進すると広い一直線の道があります。昔からのなじみの道で出かける時は毎回通ります。しかし一つ問題があります。それはところどころ陥没しているところです。元々海だったところを埋め立てただ道のためよく陥没ができるそうです。昔、祖母が夜単車で帰る時に陥没にはまり前輪のタイヤが飛ぶ事故をしたという話をきき、それから私もタイヤがはまったり、パンクしてしまわないかハラハラしながら毎日運転をしていました。ある日、片道通行にしながら陥没修繕工事にとりかかっていました。工事を終えた後、車の運転のしやすさと、陥没を気にせず通ることができて整備された道路のありがたさを痛感しました。1200文字 作文 私の考える建設業 生活する上でなくてはならない存在
彼女は車から飛び降り、海に落ちた。彼女は数週間入院し、戻ってきたときには道路が陥没していた。また、その道路で工事をしていた男性が、足をひどく痛めて亡くなったという話も聞いた。なぜ、すでに海から埋め立てられていた土地に道路が造られたのかはわからない。私の住む街では、道路は海を埋め立てて造られている。道路を掘ったり作ったりしている人たちは海に行ったことがないし、海のことも知らない。海のことを知らないから、道路が沈んでいくことも、道路が年を追うごとに危険になっていくことも知らない。結局、人々は海のすぐそばで暮らさなければならず、多くの人が海で溺れて死んでいく。それなのに、なぜすでに海から埋め立てられてしまった土地に道路を作るのか、私には理解しがたい。彼らは道路建設に内在するリスクを認識していないのだろう。 冬になると毎日歩いて学校に通っていた友人がいた。私たちは彼のことを 「スノーマン 」と呼んでいた。彼は海岸沿いに住んでいた。毎日、彼は学校へ行き、昼休みになると学校に着いた。彼はとても疲れていて、眠ってしまうんだ。スノーマン、学校に行くんだ。あなたにできることはそれしかないのだから “と