真っ白い奈落の先に辿り着いた頃、勇者一行は見知らぬ都市を前に立ち…

真っ白い奈落の先に辿り着いた頃、勇者一行は見知らぬ都市を前に立ち尽くしていた。どこもかしこも四角い建物が高々とそびえ立ち、道には見慣れない色とりどりの乗り物らしき何かが走っているのだ。それだけじゃない、そびえ立つ四角い建物の中に巨人がいて、大きな窓から道ゆく人々へ何かを語りかけている。「ここが500年後の、陽(ひ)の国です」オリヒメが淡々と言う。「陽の国?聞いた事がないな」「そうでしょうね、陽の国が世界史上に出てきたのは300年前になりますから」「何故この国なんだ?」「私の拠点……自宅がある国なので」「なるほど。カレイナール王国はどうなった?」「カレイドという名前に変わって今も大国やってますよ、80年前にこの国に第六魔素爆弾ブチ込んでイェーイってしてた程度には元気です」「第六魔素……って、あの第六魔素か!?」「はい。今でも謎が多くて使い勝手悪いので研究が禁止されました」「……あの王国が……そんな事を……」リゲルがうつむいた。「時の流れってやつですよ、今は平和が一番って考えが主流なので同じレベルの事はそうそう起きません。そんな事より魔王です」「500年で復活したのですね」カルディアが祈る手をぎゅっと握りしめる。「はい。元々封印を解こうとする無法者なんかもいて、封印が解けかけた事で無法者達が活気付いてあちこちで事件を起こし、ついに封印が解けて魔王が出てきて新魔王軍が出来てしまっています」「新魔王軍……」オリヒメが歩き出した。「まずは私の家で今後どう対抗していくか会議しましょう」

これが偶然なのか、ジョークの一部なのかはわからない。この 「ジョーク 」は、私たちがあまりにも現実の世界からかけ離れているために、「現実の 」人がすると思われることと、彼らが実際にすることの違いを見分けることが不可能になっているということだと思う。 また、現実世界では、フィクションの登場人物が経験するよりもはるかに限られた範囲の人間しか経験できないことを認めているのだと思う。 もう一つの問題は、ほとんどの場合、あなたの本の登場人物は変わらないということです。彼らは同じ人物の繰り返しです。ほとんど原型のようなものだ。本当の精神障害を持つ人物を主人公にした本を書こうと思っても、その人物は本を読むたびに違う人物になってしまうので、書けない。なぜなら、その人物は本を読むたびに違う人物になってしまうからだ。これが私の言う「リアリズム」である。現実主義的な本の問題点は、一貫性を持たせようとすると、登場人物に同じ変更を加えることができないということだ。新しい名前をつけることはできない。新しい人格や人格障害、あるいはその障害の新しい名前を与えることもできない。外見も変えられない。そうしようとすれば、別の本を書かなければならなくなる!新刊のたびに、同じキャラクターをまったく同じように書けるように、キャラクター設定に一貫性を持たせる必要がある

Photo by Ted.X

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