家族制度を破壊し、生産方法の社会化とともに、個人の生活をも徐々に社会化する点にあるという山川菊栄のカフェに対する指摘がどう言う意味か教えて
山川菊栄: 私に関して言えば、私の家族は家族のために存在する家族です。父はずっと私のことを息子だと思ってきたし、私は後継者だ。特別な特権を与えられたことはありません。私の家族はいつも、自立すること、自分の努力に頼ることを教えられてきた。私の家族は、雇用の権利を与えられることなく、常に自給自足をしてきた。そういう家庭でした。 桐島 そうですね、私も似たような経験があります。父の実家でもあります。私は教師の息子なのですが、父はいつも私の父親のように話をしてくれました。父が家族を養うために教師になったのは事実ですが、私は教師の娘であり、教師の父に同じ恩恵を与えるためには、私も同じように仕事に打ち込まなければなりません。父については、父が常に私を息子として考えてきたことも事実であり、もちろん母も母として考えてきた。しかし、私にも特別な特権が与えられたことはない。母は高校卒業資格すらなく、仕事は工場の清掃員だった。彼女は生涯、その仕事に留まることを余儀なくされた。もちろん、母も私も特別な特権を与えられたことはない。私たち二人とも、必要なものや生活のためには自分自身を頼りにするように教えられてきたし、二人とも自立するように教えられてきた