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1957年、テレビ業界への進出をうかがっていた東映、テレビ兼営をねら…

現在の放送局は日本経済新聞社が所有しており、日本放送協会(JBC)に所属している。現在は「ラジオNIKKEI」という名称で放送局を運営している。
その後、2003年までは日本経済新聞社グループに買収され、「ニッキーラジオ」と改称された。
2003年8月、同局が「ニッキーラジオ」に改称された際に、日経グループが保有する過半数の株式を東京放送(TBS)に売却した。
2005年には日本経済新聞社が日経グループの残りの株式を買い取り、2010年3月には日経グループが米国での放送権を購入した。
現在の日経グループは日本最大の放送グループである。日経グループは東京に本社を置く日本最大の放送グループである。日経グループには、横浜に子会社の日経放送があります。
日経グループは世界最大の日本の放送グループでもある。世界100カ国以上で放送権を持っています

Photo by France1978

1957年、テレビ業界への進出をうかがっていた東映、テレビ兼営をねらった日本短波放送(現:日経ラジオ社)およびその親会社である日本経済新聞社、そして旺文社など出版業界・教育関係者の三者が中心となり、教育番組専門局として株式会社日本教育テレビを設立。免許交付の条件は教育番組を50パーセント以上、教養番組を30パーセント以上放送するというものであり、営利を目的とした教育専門局は世界でも珍しかった。
しかし、この試みは教育番組のセールスや番組販売が伸び悩んだことで業績がふるわず、事実上失敗に終わる。その後は例えばアニメーションや外国映画を、それぞれ「子供の情操教育のため」「外国文化の紹介」の名目で「教育番組」や「教養番組」に指定して郵政省に届け出をし、対外呼称も「日本教育テレビ」から「NETテレビ」に変更(1960年12月)して事実上の総合放送局化を図った。
1973年11月に、同じ教育専門局だった東京12チャンネル(のちのテレビ東京)の深刻な経営不振などを理由に、NETテレビにも総合局免許が交付され、名実ともに「総合局NET」として再出発することとなった。
開局前に、東映は朝日新聞社と合弁して朝日テレビニュース社を設立して、NETテレビは開局以来同社が制作したニュースだけを放送していた。しかし1966年に東映の持株の半分を朝日新聞社が譲受して以降、資本面や経営面でも朝日新聞社との結びつきが強化され、事実上朝日新聞社の傘下に入った。
そのこともあり、開局当初から東映グループが制作するテレビ番組は、NETテレビが製作する番組に独占的に関わっていたが、朝日新聞社の傘下に入って以降は、東映グループが民放他局の製作番組にも積極的に関わるようになっている。
1967年6月10日、学校放送を母体とするネットワークである民間放送教育協会(現在は公益財団法人に移行)を文化放送とともに結成。NETの学校放送をネットする放送局が加盟局となって結成されたため、ANNとは加盟局が大幅に異なる。
1977年4月1日、全国朝日放送株式会社に社名変更して略称を「テレビ朝日」とする。
これは、上述の総合局免許の交付によって「教育」の名を含む社名は実態にそぐわないという理由から行われたものであり、社名は1976年12月2日の取締役会で内定したもの。当時の専務は朝日新聞の取材に対し「候補としては新日本放送[注 4]、全日本放送などの案もあったが、似たような名の局があって紛らわしい。結局、朝日新聞とも関係が深いことから、歴史もあり、知名度の高い朝日の名を利用させていただくことにした。全国としたのは大阪や九州の朝日放送へも番組を流しているキー局のイメージに合わせたもの」と内定理由を説明している
その後、全社員に「略称」「シンボルマーク」「キャッチフレーズ」を募り、翌1977年1月14日の臨時株主総会をもって正式決定した。略称案は「全国朝日」「オールアサヒ」など「朝日」を含む案が九割で、その中から親しみやすく会社の略称をよく示しているものとして「テレビ朝日」が選ばれた
1989年、鳥取・米子の2支局(取材拠点)を有限会社エーサットサンインとして分社化。
1996年10月1日、岩手朝日テレビの開局をもってANN全国ネットワークの完成を宣言。同時に系列のシンボルマークを制定した。
2002年、前年の世界水泳選手権福岡大会での取り組みをきっかけに、体質改善を目的として「全社変革推進運動」を開始し、2007年まで続けられた。この間に大幅な社内改革が行われ、結果として後述するような視聴率の向上につながった。
2003年の六本木ヒルズ新社屋移転を「第3番目の開局」と位置付け[5]、社名を株式会社テレビ朝日に変更、企業ロゴも欧文主体のものに改めた。同時に、地域子会社の有限会社エーサットサンインを吸収し支局運営を直営へ戻す。
2005年、年間視聴率ならびに年度視聴率でプライムタイムの視聴率が開局以来初の2位となった。これまでは「万年4位」と呼ばれるほど長期にわたって視聴率が低迷していた。ただし全日視聴率では、NETテレビ時代の1969年から1971年まで、NHKに次ぎ在京局2位(在京民放首位)になったことがある。

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