桜の咲き始めたまだ少し寒いそんな夜の事だった。屋敷にいる式神達は今からやって来るであろう依頼人を迎えるための準備に勤しんでいた。温めた酒や、桜の香りのする菓子を皿に盛り付けているそれを横目で眺めながら、この屋敷の主はそろそろ戸口に着くであろう友を思い口の端に小さく笑みをたたえた。
“克幸さん…”
“む?どうしたんですか?”
“以前とあまり変わっていないような気がするのですが。どうなんでしょう?”
静かな声で、克之は答えた。
“なんでもないですよ。心が大きな安らぎで満たされたような気がして、久しぶりに人並みになったような気がします。”
“勝之さん、随分と変わりましたね”
邸宅の主はそう言って首を振った。
“その結果、私も大人っぽくなりました。”
“うむ、なるほど”
若者は、主人の言葉を予想通りだと感じたが、自分が変わったことを伝える必要を感じなかった。
“それで、勝之さん、ここに来た目的は何ですか?”
“何でしょう?”
“とてもシンプルな質問ですが、答えは知っておいた方がいいと思います。”
勝之は笑顔で質問したが、マスターは首を横に振りながら答えた。
“何でもないんだ。ただ、機会がある限り、頑張ってきてほしい。わかったか?”
“はい、わかりました”
“それじゃ、ご飯でも食べに行こうか。あなたの心に任せるのがいいと思います。”
そう言うと屋敷の主人は立ち上がり、勝之はそのあとを追って屋敷の厨房に入った。
“あっ、勝之さん!”
厨房に入るなり、屋敷の主人が声をかけてきた。青年は屋敷の主人を見、そしてストーブの前に立っている松風を見た。
“あの、もしよろしければ、簡単な料理の仕方を教えていただけないでしょうか?”
屋敷の主人はとても教養のある人で、屋敷の主人の中で一番物知りだったのだろう。こういうとき、彼の言葉は勝之にとって大きな助けになるものだったのだろう。
“もちろんです。教えたくないわけじゃないんだけど、教えられないんだ