雑踏の中、視線を感じて振り返れば、こちらを見ていたずらに笑うテヨ…

雑踏の中、視線を感じて振り返れば、こちらを見ていたずらに笑うテヨンがいた。待って、行かないで。その声がテヨンに届くことはないが、無我夢中に人混みの街をかき分け泳いでゆく。やっと追いついたと思ったその背中は、どうしておれが近づくと離れて行ってしまうのか。たどり着く前に、テヨンは行ってしまった。

私はもっと礼儀正しく接しようとしたが、人混みがあまりにうるさく激しいため、私の言葉は聞こえる前に消えてしまうようだった。彼女に聞こえないわけではなく、聞こえるはずなのだが、雑音が彼女の手の届かないところに私を移動させ続けている。彼女に近づこうとしても、それは不可能だろう。群衆が別の方向に移動するたびに、テヨンは建物を出ていき、二度と戻ってこない。私の声は完全に遮断されている。 私は彼女に手を伸ばそうとするが、彼女はもういない。彼女の背中は遠ざかる。彼女の顔は私から隠れている。テヨンの体はもうない。私は顔を上げる。テヨンだ。どれくらいテヨンを見ていたかわからない。10分はそこにいたと思う。彼女はあっという間にいなくなった。私はパニックに陥ったが、考えている暇はなかった。 でも、私がドアにたどり着く前に、群衆がまた動き始めた。私がドアにたどり着く前に、群衆が別の方向、別の場所に離れていくのが見えた。同じ群衆だが、別の場所だ。そして私は群衆と一緒に立っていた。テヨンの体を感じる。でもテヨンは動こうとしない。テヨンの背中が動いている。テヨンの背中は遠ざかっていく。テヨンの背中が遠ざかっていく。どうしたんだ? 雨が降り始める。雨は音を立てるから、テヨンが去ったときだと思う。

Photo by Jumpin Jack Flash Photo

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